弾丸京都一人旅

 

 

5:40

夜行バスで京都駅着。朝風呂のために梅湯へ向かっているとラーメン屋の行列を発見。Googleで見たら馬鹿みたいに評価が高いお店だったので、急遽並んで朝ラーメン。第一旭本店。ラーメンと餃子を食べた。 それから梅湯でお風呂入ってサウナ。

 

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8:00

京都駅前で朝からやっているmeetupに参加する。地元民が9割、私以外にもう1人中国からのトラベラーがいた。きっともう会うこともないだろう人たちだけど、様々な話ができた。京都にはサントリーの施設がいろいろあるんだね、山崎のウィスキーとか。

 

10:00

電車に乗って滋賀の佐賀美術館へ。湖西線のアナウンスが西川さんだった。何気にはじめて琵琶湖を見たかも?

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行きの電車で読書。人が少ない電車での読書、とても気分が良い。いつもはスマホをいじることさえ億劫な満員電車に辟易し、分厚い本はリュックの奥底に眠っている。4人掛けボックス席を独り占めして、おだやかな自然がうつろう景色を眺める。

 

佐川美術館はとてもしずかな美術館で、水の清らかさを感じられる空間だった。どことなく昨年の夏に行った金沢の鈴木大拙館を思い出す。昨年葉山の美術館でも展示していた佐藤忠良の彫刻を見た。

 

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琵琶湖近くにある美術館だったので、見えるかな?と思って湖沿いに向かって歩いてみたけど全く見えなかった。佐川ホールディングスの保養所を見つけた。ほんの少し歩いただけで滝汗。帰りのバスの本数の少なさで僻地レベルを悟る。

 

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バスから見える景色が、圧倒的夏休みだった。仕事に埋もれて忘れかけていたけれど、昔はこうした景色やじっとりとした汗の感覚で、たしかに夏を思い出していたはずだった。スマホとパソコンの見過ぎ? こういう旅は、身近にある驚きや楽しみをゆるやかに思い出させる。

 

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13:00

京都に戻り、エースホテルのスタンプタウンコーヒーで作業。今回の旅の目的は一応留学前の友人に会うことだったので、彼女に何かあげたくて即席でステッカーを作った。

3年前に一度泊まったエースホテルは変わらず乙で粋で、こんなサードプレイスが近くにある街はいいなあ、と思う。泊まる人にも泊まらない人にも、この街にこの瞬間にいる人全てに対して開かれた空間。

 

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16:00

約束前にいそいで京都国立近代美術館へ。グラフィックデザインの展示をやっていたので、短期間ではあれどデザインを少なからず学んだ身として見ておきたかった。結局、行ったらよくわからんことの方が多いのだけど、それも含めて今の自分の感性と実力値ということ。

 

横尾忠則の作品だけが妙に刺さることだけ分かった。彼のポストカード買って京都駅前へ。バスが人で溢れかえっていて、オーバーツーリズムの実態を肌で感じる。

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17:00

友達と飲み会。リド飲食店街ではじめて飲む。京都駅前のディープな居酒屋通り。新宿思い出横丁の彩度と密度を落として、さらに短い距離にまとめた感じ。観光客向けというよりは、地元民がいくスナックやこじんまりとした飲み処が集まっていた。終電で帰るつもりだったのに、結局朝まで居た。たのしかったけれど、悪酔いすると泣いちゃう癖を直したい。友人宅に泊めてもらい就寝。

 

翌5:00

始発の新幹線で帰る。京都駅まで向かうバスに朝帰りのカップルがいて、テキーラを飲みすぎたという話をしていた。新幹線は満員御礼で、二日酔いで立ってられないので通路で寝た。名古屋からようやく席に座れて、寝てる間に到着。その日はひどい二日酔いだった。

 

 

社会活動が始まる前の時間が好きだ。朝5時とかそのくらいの時間。夜行バスは疲れるけれど、そういう時間に苦なく活動できるように強いられるので、ある意味では好きかもしれない。社会が動き出す前の街並みを、無責任な立場で歩くのが好き。久しぶりにひとりで遠出して、その土地で出会った今後二度と会わないであろう人たちと会話をして、久しぶりに無責任で、自由で居られる時間だった。 大学生の東南アジアバックパッカーみたいな、そんな泥臭い旅が嫌いじゃない。いつまでも、精神的にも物理的にも、足取り軽やかでいたい。

 

 

 

 

 

街が好きな理由

 

 

関東に引っ越してきて、一年以上が経つ。今住んでいる街にも愛着がわいてきた。恋人が住んでいる街にも、よく飲みにいく街にも、たまに散歩しに行く海辺の街にも。思えばここは、昔から住んでみたいと願った都市だった。自分から選び取ったわけではなく、外的要因によってここに連れられてきたことを、勝手に運命のように感じている。

 

どこの街にも歴史があり、今でもその片鱗を見るたびに好奇心とノスタルジーでふわふわした心地になる。地元のターミナル駅を思い出した。高校3年生の頃、ちょうど新幹線の開通に合わせた大規模な再開発が進んでいた。仮駅舎は無機質で余計なものがなく淡々としていて、こじんまりとした中にお土産ショップが並んでいた。改札を抜けるまでの間はいかにも工事真っ只中のスロープをくぐり、それからよく駅前の図書館まで勉強しにいった。大学生になるタイミングで駅は少しずつ新しく、大きくなり、自分の未来への希望とこの土地にやってくる新たな未来を重ねていた。そんな環境も含め、何もかもが前向きだった。追い風のように思えた。地元を出たくてたまらなかったはずなのに、それでも新鮮な気持ちでいられたのは、新たな進路を歩む自分とあの街の発展がきれいにリンクしていたからかもしれないな、と思う。

 

今の整備された駅も好きだけれど、私はあの高校生の頃に見た景色を今でも思い出す。失われていく昭和のノスタルジーに寂しさを感じるのはもちろんだけれど、私が毎日を懸命に生きていた平成ど真ん中の景色だって、少しずつ壊され、そして姿を変え続けている。プリクラを撮りに行った駅前のゲームセンター、レトロな喫茶店で食べたオムライス、放課後に行ったミスド。今はないあの景色のことを思う。

 

 

 

繊細さなんて好きになれるわけないが、私が好きになるしかない

 

なんか仕事忙しすぎたときに会社のコンプラアンケートに答えたんだけど、匿名だと思って正直に答えたらあまりにも回答が正直すぎたらしく、内部監査の人から心配と問い合わせのメールが来ちゃいました。あなたの職場、大丈夫?あなたはしんどくない?って。私、今は全然時間があるし仕事の責任もそんなに重くないから、私はいま全然大丈夫ですー(当時突発的にしんどかっただけ)って答えたんだけど、でも、周りの先輩たちはそうはいかなくて、彼らは常に膨大な業務に追われていて、個々の業務負荷が高くて、だからそれだけは心のどこかでなんか心配というか、この人たちこのままで大丈夫か?って思ってたんですよ。ただそれを、内部監査の人にこっそり言っていいものなのか、すごく迷った。先輩たちは常々残業しながら「しんどい」と言って傷をなめ合ってるし、退勤しますと連絡が入った後でメールが来ることも、ほんと真夜中にPCログインしてる形跡も全然ある。だけど、冗談めかして「しんどい」「異動したい」「辞めたい」と言うことはあっても、まじの声を上げることはしていない、だから、私が利己的な心配と正義感ゆえに変に声を上げることで、 "彼らにとって望まない状況" に事態を変えてしまうのは嫌だなと思ったんです。

 

彼らは本当にしんどいのかもしれないし、部署異動したいかもしれないし、やめたいのかもしれないけれど、そうして外的要因によって勝手に状況を変えられるのだって嫌かもしれないなと思うんです。波風立てるくらいならこのままでいいんだ、みたいな、そういう思いがもし彼らの根底にあったとしたら、私が試みている告発なんてただの有難迷惑じゃないですか。

 

なんかやっぱり、私は彼らじゃないからわからないんですよね、彼らのリアルな感情も温度感もしんどさのレベルも、辞めたさのレベルも。でも、まあ本当の本気だったら何が何でも動きだすと思うから、私が出る幕なんて本来は何もないと思うんですけど (とは言いつつ人に頼るのが苦手な身としては、誰かに手を差し伸べてもらって本当に助けられたこともあるから難しい) でも、やっぱりみんながヒーヒー言ってる現実って健康的じゃないし、尚且つ私も過去に怒涛の業務に追われ手しんどすぎる時期があったから、なんだか放っておくにも放っておけない気持ちもぬぐえなくて、一週間くらい返事をせずに寝かしてた。

 

つい最近、いつも通り先輩たちが仕事のしんどさを嘆く雑談が始まったので、「そういえば私、内部監査の人からメール来たんですよね」と話題のネタにしてみた。「心配事あれば教えてくださいって言われたんですけど、書いちゃってもいいですか笑」と冗談半分で聞いてみたら、「書いて書いて、ただ勤怠記録がウォッチされるような面倒くさいことはあんま書かないで笑」と言われたので、私はそれで自分の中で落としどことをようやく見つけることができました。あくまで他人として、他人の目から見て先輩たちが大変そうであると、本人たちがどう感じでいるかはわからないが、無理をされているなら心配ですと、そう書いて返事をした。

 

これで事態が解決するかどうかなんてわからないし、はたから見た解決が誰しもにとって納得のいくものになるとは言い切れない、むしろみんなが100%納得するような結論を出すなんて不可能なんだし、だから優しさですべてのひとをカバーして助けようと思うこと自体が傲慢だと思う。それでも、そうはわかっていても、考えすぎる私はやっぱりいつも通り考えすぎてしまうし、考えすぎて起こした行動に対して、いつも後悔したりする。それでも、何もしないよりはマシなんだって、自分自身の変な優しさと気遣いを私だけは肯定してたいよ。変に気づく自分も時に他人を必要以上におもんばかってしまう自分も、唐突にそういう気遣いやねぎらいの言葉を発するから大体ちょっと驚かれてしまうやばい人みたいな自分も、そういうのが嫌だから何も気にしないふりして奔放ぶってる自分も全部全部気持ち悪いけれど、でも、そういうところが多分、私にしかないものなんだろうと思うから。